10年以上前のこと。
年に1,2回仕事で訪ねる山奥の、山にぐるりと囲まれたすり鉢状の斜面にたたずむ小さな村。
村の一番高いところに、ひときわ見事な一本のイチョウの大木がありました。
思わず見とれて、秋の陽ざしに輝く黄金色を見あげていたら、雪降り前の庭仕事をしていたおじいさんが近寄ってきて話してくれました。
「うちのイチョウ、立派でしょう。
だけど、これ、オスのイチョウだから実がならないんだよ。
昔はどこの家でも、必ずオスとメスの両方のイチョウを植えて実をならせていたのだけれど、どこの家も、実のならないオスのイチョウは切っちゃって、実のなるメスのイチョウだけ残すものだから、今ではオスはうちのイチョウの木だけになっちゃってね。」
おじいさんはとても楽しそうに話すのです。
「だけど、うちのイチョウが一本あれば、ここから見渡すところにあるイチョウには、ぜ~んぶ、実がなるんだから。」
へぇ~、そうなんだ。すごい!!
だけど・・・・
「うちは、このイチョウしかないから、実がならないだろう。
でも、秋の銀杏の季節になると、みんな、『ありがとうございました。今年もおかげさまで実がなりました』って、一袋ずつうちに銀杏を持ってきてくれるんだよ。」
ぐるり見渡す山間のそこここに点在する黄色い塊、メスのイチョウたち。
これ、すごく壮大なイチョウのハーレムだったのね。
ひときわ大きいオスのイチョウが威風堂々と輝いて見えたのも、
村のそこここに点在するメスのイチョウが、山村の景色にかわいらしさを添えていたのも、
この村には、イチョウの間にも、人々の間にも、信頼感のあたたかい絆があるから。
眺めれば眺めるほど、ため息のでる、懐深い秋の景色でした。
「のんびりの」ネコのイラスト Hanapandaはなぱんだ