滋味日日・・いいこと ”お福わけ”

アートで 凝り固まった「先入観」を超えていく

「81マスの宇宙」現代アート 石 Contemporary Art 偶偶絵石vol.28

f:id:a31017:20200706010001j:plain
現代アート  偶偶絵石vol.28「81の宇宙」

 石は流紋岩の無加工の自然石。地下で熱水の鉄分が染み込んで81の文字が生まれました。8の丸の中にはこの石が固まるときに別の鉱物が結晶していたもの。上の丸の中の鉱物は零れ落ちて穴が開いています。3×3.8㎝
 
 将棋盤は9×9=81マス。
 奇数は陽数。めでたい「吉」の数とされ、奇数が重なる1月1日、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日は吉の重なるめでたい日として祝われています。
 日本では9月9日だけピンとこないことでしょう。行事の覚えがないから・・
 でも、「9」は吉数の中で最も大きい、つまり最もめでたい数として尊重されていて、その最大吉数の9が重なる9月9日は吉数が重なるなかでも最もめでたい日とされて「重陽節句」として菊酒をいただいて祝われます。

 そのように最大にめでたい吉数9×9=81の盤上で展開する将棋は、尊く、どこか神秘的な”力試し”に感じます。
 人が永遠にたどり着くことのできない”この世の最善”を延々模索して力を尽くす姿に、感動しないはずがありません。

 将棋盤が81マスなのにあやかって、数え81歳を「盤寿」といって祝います。
 昨日の王位戦藤井聡太王位・棋聖が誕生し、同時に八段になり、加藤一二三九段の最年少記録を更新しました。
 昭和15年生まれの加藤一二三九段は、2020年の今年まさに盤寿、数えで81歳です。
 そしてその八段最年少記録を、藤井聡太王位・棋聖は、18歳1カ月に塗り替えました。
 「81」をひっくり返すと「18」になります
 めざましく良いことには縁起の符号がお祝いを添えるのですね。
 これからも将棋の世界の限界を、次々とあざやかにひっくり返していってくれることでしょう。

 これからも私たちを「81マスの宇宙」で魅了してくれること、楽しみで仕方ありません。

【偶偶石】
 偶偶石は抽象。偶偶石は具象。
 描いても、削っても、磨いてもいない、拾ったままの無加工の自然石。無為・無意の自然石に対峙して引き出されるあなたの感じ方。それは”あなた”。それを体感する現代アート
偶偶石(たまたま石) Imaginary stone・Creative stone 】 
描いても、削っても、磨いてもいない、拾ったままの無加工の自然石
 ここには なぜ それが あるのか。
 そこには なぜ これが ないのか。

偶偶石(たまたま石)」は、「作意も作為もない自然石の造形美」が”無為の人の心に訴求する力” を借りて、「鑑賞者が自らの美意識と感性を具現化して、深い余韻と思索をめぐらすことを体感する」現代アートです。「知識という前提を鑑賞者に要求せず、鑑賞者個人のオリジナリティを引き出すことのみを目的」とした現代アートです。『「作者の作意の理解を求めない自然石に対峙することで鑑賞者自らが感じたもの」は、”鑑賞者オリジナルの感性” であり、その存在に気付き深めてもらう』現代アートです。第一フェーズでブログギャラリー展示「偶偶石(たまたま石)」しています。ここではtamatama7373がこの石に「!」と感じたことを、具現化してテキストの形で表しています。次のフェーズで、この石を見た鑑賞者が、各自が「!」と感じたことを、同じく具現化してテキストにしたり、各種言葉や絵で”表現する”という具体的な行為行動に発展します。さらには、鑑賞者自らが自身の美意識・感性”適う石を探して(拾って)、展示(各人のネットにあげるなど)して”各人がみな「鑑賞者→実行者」となって表現と鑑賞を行為者として楽しむ広がりを願う現代アートです。
 探し出した石は、描いたり、削ったり、磨いたりせずに、拾ったままの状態であることだけが条件・ルールです。
 その石が、何億年・何千万年の歳月をかけて、現在、この形と模様に至って存在しているのはたまたまのこと。
 地球の表面は、ほぼほぼ岩石でおおわれていて、その中から、あなたが地球のカケラ、その一つの石を見つけ出したのはたまたまのこと。
 ”たま”は”魂(たましい)”、あなたの魂あなたの美意識と感性は、あなたをあなたたらしめているあなたの魂”。
 お互いの石を鑑賞して、多様な美意識と感性に触れたならば、それはとても豊かな共感と発見の体験となるでしょう。
 

 私の偶偶石(たまたま石)は、国内で自ら拾った石。
 拾って水に浸し洗っただけのもの。描いていません。磨いても削ってもいません。無加工の天然石です。
 自然の”たまたま”が、何千万年もの間に、何層にも交わって作り上げられた造形の結晶です。
 ただの「石」、幼子の「石拾い」は尊くクリエイティブ
 現代アート(Contemporary Art)であり、コンセプチュアルアート(Conceptual Art)であり、抽象造形・抽象絵画(Abstract art, Abstract modeling)。
 地球の内部に秘められた数千度の熱は、ひと時も形態を留めることなくよじれとぐろを巻きながら脱出を試みる。その圧が均衡を崩す時、地球の割れ目からあふれ出し、熱を放ち、盛上り、せり上がり、崩れ、転がり、たどり着いた地にたたずむ。そんな情熱的な彫刻(Sculpture)・オブジェ(Objet)。
 地球の数千万年を、たったひと塊に凝縮したミニマルアート(Minimal Art)。
作者/tamatama7373

「石のヤマトタケル白鳥伝説」現代アート 石 Contemporary Art 偶偶絵石vol.27

f:id:a31017:20200625020805j:plain
現代アート  偶偶絵石vol.27「石のヤマトタケル白鳥伝説」

 コロナウィルスで、”遠くに行けない夏”。
  ”遠く” に行けないなら、”深く”行こう・・・
と、古事記を読んでいます・・・漫画版だけど・・
 各地各所の古の由来をふくめて、その地に実際に立てることがいかに貴重なことなのかこの夏身に染みて感じたから、遠くに行けるようになったとき、今まで以上に深く思い巡らせられるよう、今は机上旅行で我慢です。
 ひとつ前のブログで古事記に登場する「石の女神」模様の石を紹介したので、古事記つながりで、ヤマトタケル白鳥伝説の「白鳥」です。流紋岩に地中で熱水が染み込みその鉄分が描き出した自然の模様。5.6×2.7㎝
 古事記だから倭建命かな。日本書紀なら日本武尊
 ヤマトタケルは、金沢の兼六園にどーんと存在感たっぷりな日本武尊銅像が立っていて何度見ても驚かされます。個人的にはもう少し体を絞ったイケメンのイメージなのだけど。

【偶偶石】
 偶偶石は抽象。偶偶石は具象。
 描いても、削っても、磨いてもいない、拾ったままの無加工の自然石。無為・無意の自然石に対峙して引き出されるあなたの感じ方。それは”あなた”。それを体感する現代アート
偶偶石(たまたま石) Imaginary stone・Creative stone 】 
描いても、削っても、磨いてもいない、拾ったままの無加工の自然石
 ここには なぜ それが あるのか。
 そこには なぜ これが ないのか。

偶偶石(たまたま石)」は、「作意も作為もない自然石の造形美」が”無為の人の心に訴求する力” を借りて、「鑑賞者が自らの美意識と感性を具現化して、深い余韻と思索をめぐらすことを体感する」現代アートです。「知識という前提を鑑賞者に要求せず、鑑賞者個人のオリジナリティを引き出すことのみを目的」とした現代アートです。『「作者の作意の理解を求めない自然石に対峙することで鑑賞者自らが感じたもの」は、”鑑賞者オリジナルの感性” であり、その存在に気付き深めてもらう』現代アートです。第一フェーズでブログギャラリー展示「偶偶石(たまたま石)」しています。ここではtamatama7373がこの石に「!」と感じたことを、具現化してテキストの形で表しています。次のフェーズで、この石を見た鑑賞者が、各自が「!」と感じたことを、同じく具現化してテキストにしたり、各種言葉や絵で”表現する”という具体的な行為行動に発展します。さらには、鑑賞者自らが自身の美意識・感性”適う石を探して(拾って)、展示(各人のネットにあげるなど)して”各人がみな「鑑賞者→実行者」となって表現と鑑賞を行為者として楽しむ広がりを願う現代アートです。
 探し出した石は、描いたり、削ったり、磨いたりせずに、拾ったままの状態であることだけが条件・ルールです。
 その石が、何億年・何千万年の歳月をかけて、現在、この形と模様に至って存在しているのはたまたまのこと。
 地球の表面は、ほぼほぼ岩石でおおわれていて、その中から、あなたが地球のカケラ、その一つの石を見つけ出したのはたまたまのこと。
 ”たま”は”魂(たましい)”、あなたの魂あなたの美意識と感性は、あなたをあなたたらしめているあなたの魂”。
 お互いの石を鑑賞して、多様な美意識と感性に触れたならば、それはとても豊かな共感と発見の体験となるでしょう。
 

 私の偶偶石(たまたま石)は、国内で自ら拾った石。
 拾って水に浸し洗っただけのもの。描いていません。磨いても削ってもいません。無加工の天然石です。
 自然の”たまたま”が、何千万年もの間に、何層にも交わって作り上げられた造形の結晶です。
 ただの「石」、幼子の「石拾い」は尊くクリエイティブ
 現代アート(Contemporary Art)であり、コンセプチュアルアート(Conceptual Art)であり、抽象造形・抽象絵画(Abstract art, Abstract modeling)。
 地球の内部に秘められた数千度の熱は、ひと時も形態を留めることなくよじれとぐろを巻きながら脱出を試みる。その圧が均衡を崩す時、地球の割れ目からあふれ出し、熱を放ち、盛上り、せり上がり、崩れ、転がり、たどり着いた地にたたずむ。そんな情熱的な彫刻(Sculpture)・オブジェ(Objet)。
 地球の数千万年を、たったひと塊に凝縮したミニマルアート(Minimal Art)。
作者/tamatama7373
 
 

「石の女神様」現代アート 石 Contemporary Art 偶偶絵石vol.26

f:id:a31017:20200809014656j:plain
現代アート  偶偶絵石vol.26「石の女神様」

 石に、太古の髪形とたなびく衣を思わせるチャーミングな女神さまの模様がありました。
「石の女神様」で有名なのは、”女性の願いならひとつは必ずかなえてくれる”というご利益で、オリンピック前に野口みずき選手が参拝して見事金メダルを手にしたことが有名な三重県鳥羽の「石神さん」でしょうか。石が御神体で、ここに海神”綿津見神(ワタツミ)”の娘”玉依毘売命(タマヨリヒメ)”が現れたという言い伝え。
 ”ひとつは必ずかなえてくれる”・・・今は「コロナウィルスが消えてなくなること」しか思いつかない・・・



 それとも「石の女神様」と言えば、奴奈川姫(ヌナカワヒメでしょうか。
 この石を見つけたのは糸魚川市の田海川の河口に隣接する海岸です。田海川は、ヒスイの二大産地である姫川と青海川の間にあって、田海川の河口から500mくらい上流に古代のヒスイ加工場だった遺跡が点在していることから、奴奈川姫伝説の「奴奈川」はこの田海川ではないかと地元で言われているところです。
 糸魚川ヒスイは、5000年前にはすでに600㎞以上離れた青森県三内丸山遺跡にも運ばれていました。
 権力を象徴する貴重な宝物だったヒスイを司る女神様が ”奴奈川姫” で、古事記に、大国主命オオクニヌシノミコト)が「”賢し女(かしこい女性)” ”(麗し女(美しい女性)”がいる」という評判を聞いてはるばる出雲から高志の国にいる奴奈川姫に求婚に来たと書かれています。
 この石は流紋岩ですが・・・

【偶偶石】
 偶偶石は抽象。偶偶石は具象。
 描いても、削っても、磨いてもいない、拾ったままの無加工の自然石。無為・無意の自然石に対峙して引き出されるあなたの感じ方。それは”あなた”。それを体感する現代アート
偶偶石(たまたま石) Imaginary stone・Creative stone 】 
描いても、削っても、磨いてもいない、拾ったままの無加工の自然石
 ここには なぜ それが あるのか。
 そこには なぜ これが ないのか。

偶偶石(たまたま石)」は、「作意も作為もない自然石の造形美」が”無為の人の心に訴求する力” を借りて、「鑑賞者が自らの美意識と感性を具現化して、深い余韻と思索をめぐらすことを体感する」現代アートです。「知識という前提を鑑賞者に要求せず、鑑賞者個人のオリジナリティを引き出すことのみを目的」とした現代アートです。『「作者の作意の理解を求めない自然石に対峙することで鑑賞者自らが感じたもの」は、”鑑賞者オリジナルの感性” であり、その存在に気付き深めてもらう』現代アートです。第一フェーズでブログギャラリー展示「偶偶石(たまたま石)」しています。ここではtamatama7373がこの石に「!」と感じたことを、具現化してテキストの形で表しています。次のフェーズで、この石を見た鑑賞者が、各自が「!」と感じたことを、同じく具現化してテキストにしたり、各種言葉や絵で”表現する”という具体的な行為行動に発展します。さらには、鑑賞者自らが自身の美意識・感性”適う石を探して(拾って)、展示(各人のネットにあげるなど)して”各人がみな「鑑賞者→実行者」となって表現と鑑賞を行為者として楽しむ広がりを願う現代アートです。
 探し出した石は、描いたり、削ったり、磨いたりせずに、拾ったままの状態であることだけが条件・ルールです。
 その石が、何億年・何千万年の歳月をかけて、現在、この形と模様に至って存在しているのはたまたまのこと。
 地球の表面は、ほぼほぼ岩石でおおわれていて、その中から、あなたが地球のカケラ、その一つの石を見つけ出したのはたまたまのこと。
 ”たま”は”魂(たましい)”、あなたの魂あなたの美意識と感性は、あなたをあなたたらしめているあなたの魂”。
 お互いの石を鑑賞して、多様な美意識と感性に触れたならば、それはとても豊かな共感と発見の体験となるでしょう。
 

 私の偶偶石(たまたま石)は、国内で自ら拾った石。
 拾って水に浸し洗っただけのもの。描いていません。磨いても削ってもいません。無加工の天然石です。
 自然の”たまたま”が、何千万年もの間に、何層にも交わって作り上げられた造形の結晶です。
 ただの「石」、幼子の「石拾い」は尊くクリエイティブ
 現代アート(Contemporary Art)であり、コンセプチュアルアート(Conceptual Art)であり、抽象造形・抽象絵画(Abstract art, Abstract modeling)。
 地球の内部に秘められた数千度の熱は、ひと時も形態を留めることなくよじれとぐろを巻きながら脱出を試みる。その圧が均衡を崩す時、地球の割れ目からあふれ出し、熱を放ち、盛上り、せり上がり、崩れ、転がり、たどり着いた地にたたずむ。そんな情熱的な彫刻(Sculpture)・オブジェ(Objet)。
 地球の数千万年を、たったひと塊に凝縮したミニマルアート(Minimal Art)。
作者/tamatama7373

「石の新潟焼山」現代アート 石Contemporary Art vol.25

f:id:a31017:20200709042247j:plain
現代アート  偶偶絵石vol.25「石の新潟焼山

 糸魚川の海岸で拾った流紋岩に、地中で鉄分が染み込んでできた模様は、新潟焼山2400mにこんなに似ている。

f:id:a31017:20091016155253j:plain
新潟焼山
糸魚川の海が、海から見える山を見ながらそのまま作ったようで微笑ましい。流紋岩に染み込んだ鉄分の濃淡が作り出した模様には、こんな水彩画風なものもある。

【偶偶石】
 偶偶石は抽象。偶偶石は具象。
 描いても、削っても、磨いてもいない、拾ったままの無加工の自然石。無為・無意の自然石に対峙して引き出されるあなたの感じ方。それは”あなた”。それを体感する現代アート
偶偶石(たまたま石) Imaginary stone・Creative stone 】
 ここには なぜ それが あるのか。
 そこには なぜ これが ないのか。

偶偶石(たまたま石)」は、「作意も作為もない自然石の造形美」が”無為の人の心に訴求する力” を借りて、「鑑賞者が自らの美意識と感性を具現化して、深い余韻と思索をめぐらすことを体感する」現代アートです。「知識という前提を鑑賞者に要求せず、鑑賞者個人のオリジナリティを引き出すことのみを目的」とした現代アートです。『「作者の作意の理解を求めない自然石に対峙することで鑑賞者自らが感じたもの」は、”鑑賞者オリジナルの感性” であり、その存在に気付き深めてもらう』現代アートです。第一フェーズでブログギャラリー展示「偶偶石(たまたま石)」しています。ここではtamatama7373がこの石に「!」と感じたことを、具現化してテキストの形で表しています。次のフェーズで、この石を見た鑑賞者が、各自が「!」と感じたことを、同じく具現化してテキストにしたり、各種言葉や絵で”表現する”という具体的な行為行動に発展します。さらには、鑑賞者自らが自身の美意識・感性”適う石を探して(拾って)、展示(各人のネットにあげるなど)して”各人がみな「鑑賞者→実行者」となって表現と鑑賞を行為者として楽しむ広がりを願う現代アートです。
 探し出した石は、描いたり、削ったり、磨いたりせずに、拾ったままの状態であることだけが条件・ルールです。
 その石が、何億年・何千万年の歳月をかけて、現在、この形と模様に至って存在しているのはたまたまのこと。
 地球の表面は、ほぼほぼ岩石でおおわれていて、その中から、あなたが地球のカケラ、その一つの石を見つけ出したのはたまたまのこと。
 ”たま”は”魂(たましい)”、あなたの魂あなたの美意識と感性は、あなたをあなたたらしめているあなたの魂”。
 お互いの石を鑑賞して、多様な美意識と感性に触れたならば、それはとても豊かな共感と発見の体験となるでしょう。
 

 私の偶偶石(たまたま石)は、国内で自ら拾った石。
 拾って水に浸し洗っただけのもの。描いていません。磨いても削ってもいません。無加工の天然石です。
 自然の”たまたま”が、何千万年もの間に、何層にも交わって作り上げられた造形の結晶です。
 ただの「石」、幼子の「石拾い」は尊くクリエイティブ
 現代アート(Contemporary Art)であり、コンセプチュアルアート(Conceptual Art)であり、抽象造形・抽象絵画(Abstract art, Abstract modeling)。
 地球の内部に秘められた数千度の熱は、ひと時も形態を留めることなくよじれとぐろを巻きながら脱出を試みる。その圧が均衡を崩す時、地球の割れ目からあふれ出し、熱を放ち、盛上り、せり上がり、崩れ、転がり、たどり着いた地にたたずむ。そんな情熱的な彫刻(Sculpture)・オブジェ(Objet)。
 地球の数千万年を、たったひと塊に凝縮したミニマルアート(Minimal Art)。
作者/tamatama7373

「エルヴィス・プレスリー」現代アート 石 Contemporary Art 偶偶石vol.24

f:id:a31017:20200625021932j:plain
現代アート  偶偶石vol.24「エルヴィス・プレスリー

 夏にエルヴィス・プレスリーを想う人も少なくなりました。
 ブルーハワイ、アロハシャツ・・・
 青い空、青い海、鮮やかなアロハシャツを身にまとい、ゆるやかな音楽に身をゆだねる。
 ・・・梅雨明けしない夏のあこがれ。


 地中で熱水が染み込み、熱水の鉄分が石を染めて模様ができた流紋岩5×5㎝。
 熱水の ”鉄分が薄い” と、茶色い線が現れず、全体がたいらに染まるのだそうです。
 目のくぼみは穴。

【偶偶石】
 偶偶石は抽象。偶偶石は具象。
 描いても、削っても、磨いてもいない、拾ったままの無加工の自然石。無為・無意の自然石に対峙して引き出されるあなたの感じ方。それは”あなた”。それを体感する現代アート
偶偶石(たまたま石) Imaginary stone・Creative stone 】
 ここには なぜ それが あるのか。
 そこには なぜ これが ないのか。

偶偶石(たまたま石)」は、「作意も作為もない自然石の造形美」が”無為の人の心に訴求する力” を借りて、「鑑賞者が自らの美意識と感性を具現化して、深い余韻と思索をめぐらすことを体感する」現代アートです。「知識という前提を鑑賞者に要求せず、鑑賞者個人のオリジナリティを引き出すことのみを目的」とした現代アートです。『「作者の作意の理解を求めない自然石に対峙することで鑑賞者自らが感じたもの」は、”鑑賞者オリジナルの感性” であり、その存在に気付き深めてもらう』現代アートです。第一フェーズでブログギャラリー展示「偶偶石(たまたま石)」しています。ここではtamatama7373がこの石に「!」と感じたことを、具現化してテキストの形で表しています。次のフェーズで、この石を見た鑑賞者が、各自が「!」と感じたことを、同じく具現化してテキストにしたり、各種言葉や絵で”表現する”という具体的な行為行動に発展します。さらには、鑑賞者自らが自身の美意識・感性”適う石を探して(拾って)、展示(各人のネットにあげるなど)して”各人がみな「鑑賞者→実行者」となって表現と鑑賞を行為者として楽しむ広がりを願う現代アートです。
 探し出した石は、描いたり、削ったり、磨いたりせずに、拾ったままの状態であることだけが条件・ルールです。
 その石が、何億年・何千万年の歳月をかけて、現在、この形と模様に至って存在しているのはたまたまのこと。
 地球の表面は、ほぼほぼ岩石でおおわれていて、その中から、あなたが地球のカケラ、その一つの石を見つけ出したのはたまたまのこと。
 ”たま”は”魂(たましい)”、あなたの魂あなたの美意識と感性は、あなたをあなたたらしめているあなたの魂”。
 お互いの石を鑑賞して、多様な美意識と感性に触れたならば、それはとても豊かな共感と発見の体験となるでしょう。
 

 私の偶偶石(たまたま石)は、国内で自ら拾った石。
 拾って水に浸し洗っただけのもの。描いていません。磨いても削ってもいません。無加工の天然石です。
 自然の”たまたま”が、何千万年もの間に、何層にも交わって作り上げられた造形の結晶です。
 ただの「石」、幼子の「石拾い」は尊くクリエイティブ
 現代アート(Contemporary Art)であり、コンセプチュアルアート(Conceptual Art)であり、抽象造形・抽象絵画(Abstract art, Abstract modeling)。
 地球の内部に秘められた数千度の熱は、ひと時も形態を留めることなくよじれとぐろを巻きながら脱出を試みる。その圧が均衡を崩す時、地球の割れ目からあふれ出し、熱を放ち、盛上り、せり上がり、崩れ、転がり、たどり着いた地にたたずむ。そんな情熱的な彫刻(Sculpture)・オブジェ(Objet)。
 地球の数千万年を、たったひと塊に凝縮したミニマルアート(Minimal Art)。
作者/tamatama7373

「富士越龍図 北斎の石3」現代アート 石 Contemporary Art vol.23

f:id:a31017:20200706005807j:plain
現代アート  偶偶石vol.23「富士越龍図 北斎の石3」

 版画で知られる葛飾北斎の肉筆画「富士越龍図」の富士山のような流紋岩の紋様石で自然石5×5.7です。
 葛飾北斎が90歳の時に描いた絶筆と言われます。
 版画ではなく肉筆画なので一点もの。長野県小布施の北斎館が原画を収蔵していて、私も何度も見に行きました。


 ここまで紹介した「北斎の石」と名付けた石の1~3はいずれも流紋岩に地中で熱水が染み込んでその鉄分が紋様を描いたものです。
 いずれも同じでき方(流紋岩に地中で熱水の鉄分が染み込んだ自然石)なのに、まるで紋様の雰囲気が違うのは興味深いものです。

「凱風快晴 北斎の石2」現代アート 石Contemporary Art 偶偶絵石vol.22

f:id:a31017:20200706005055j:plain
現代アート  偶偶絵石vol.22「凱風快晴 北斎の石2」

 葛飾北斎の「富嶽三十六景」のなかでも名作と称えられる「凱風快晴」。
 ”赤富士”と呼ばれ愛されています。
 流紋岩に地中で熱水が染み込み、その鉄分が描き出した”赤富士”です。
 無加工の自然石の造形は、地球が作り出した造形です。


【偶偶石】
 偶偶石は抽象。偶偶石は具象。
 描いても、削っても、磨いてもいない、拾ったままの無加工の自然石。無為・無意の自然石に対峙して引き出されるあなたの感じ方。それは”あなた”。それを体感する現代アート
偶偶石(たまたま石) Imaginary stone・Creative stone 】
 ここには なぜ それが あるのか。
 そこには なぜ これが ないのか。

偶偶石(たまたま石)」は、「作意も作為もない自然石の造形美」が”無為の人の心に訴求する力” を借りて、「鑑賞者が自らの美意識と感性を具現化して、深い余韻と思索をめぐらすことを体感する」現代アートです。「知識という前提を鑑賞者に要求せず、鑑賞者個人のオリジナリティを引き出すことのみを目的」とした現代アートです。『「作者の作意の理解を求めない自然石に対峙することで鑑賞者自らが感じたもの」は、”鑑賞者オリジナルの感性” であり、その存在に気付き深めてもらう』現代アートです。第一フェーズでブログギャラリー展示「偶偶石(たまたま石)」しています。ここではtamatama7373がこの石に「!」と感じたことを、具現化してテキストの形で表しています。次のフェーズで、この石を見た鑑賞者が、各自が「!」と感じたことを、同じく具現化してテキストにしたり、各種言葉や絵で”表現する”という具体的な行為行動に発展します。さらには、鑑賞者自らが自身の美意識・感性”適う石を探して(拾って)、展示(各人のネットにあげるなど)して”各人がみな「鑑賞者→実行者」となって表現と鑑賞を行為者として楽しむ広がりを願う現代アートです。
 探し出した石は、描いたり、削ったり、磨いたりせずに、拾ったままの状態であることだけが条件・ルールです。
 その石が、何億年・何千万年の歳月をかけて、現在、この形と模様に至って存在しているのはたまたまのこと。
 地球の表面は、ほぼほぼ岩石でおおわれていて、その中から、あなたが地球のカケラ、その一つの石を見つけ出したのはたまたまのこと。
 ”たま”は”魂(たましい)”、あなたの魂あなたの美意識と感性は、あなたをあなたたらしめているあなたの魂”。
 お互いの石を鑑賞して、多様な美意識と感性に触れたならば、それはとても豊かな共感と発見の体験となるでしょう。
 

 私の偶偶石(たまたま石)は、国内で自ら拾った石。
 拾って水に浸し洗っただけのもの。描いていません。磨いても削ってもいません。無加工の天然石です。
 自然の”たまたま”が、何千万年もの間に、何層にも交わって作り上げられた造形の結晶です。
 ただの「石」、幼子の「石拾い」は尊くクリエイティブ
 現代アート(Contemporary Art)であり、コンセプチュアルアート(Conceptual Art)であり、抽象造形・抽象絵画(Abstract art, Abstract modeling)。
 地球の内部に秘められた数千度の熱は、ひと時も形態を留めることなくよじれとぐろを巻きながら脱出を試みる。その圧が均衡を崩す時、地球の割れ目からあふれ出し、熱を放ち、盛上り、せり上がり、崩れ、転がり、たどり着いた地にたたずむ。そんな情熱的な彫刻(Sculpture)・オブジェ(Objet)。
 地球の数千万年を、たったひと塊に凝縮したミニマルアート(Minimal Art)。
作者/tamatama7373